hainekoのつれづれブログ

初めてブログを書いてみます。色んな人や好きな作品について徒然します。

言葉にできない人。54回目の徒然。

お題「わたしの宝物」

 

私にとって、かけがえのない人との出会いと、今までの時間が全て宝物です。

 

中学生で出会えてよかった。

 

同じ時代を生きて、駆け抜けて。その時間は、簡単には手に入れることのできないものです。

 

学校が嫌で、たくさんの人の中で息苦しかった私は、彼女とのたわいもない会話が、過ごした時間が、唯一の救いでした。

 

その時間だけは、何者にならなくてもよかった。しんどいことを忘れられた。

 

そして、私たちの歴史に音楽は欠かせない。

 

一緒に行ったローリングストーンズ。

 

数々のバンドのライブ。

 

ライブハウスに行けば、そこには同じものを好きな仲間がいた。

 

学校以外にこんな場所があったんだ。発見でした。

 

チェッカーズの、今はなき大阪球場でのコンサートも忘れられない。

 

スタジアムの上から見えた高速のテールランプ。

 

心地よい風。

 

それらを共有した人。同じ思いでいられた人。

 

いつまでも続いていけるだろうって、なぜか確信できる人。

 

そんな人に出会えた私は、辛いこともたくさんあったけど、幸せです。

 

今まで、相性占いとかみたこともなかった。見るまでもなくて。

 

でも、最近AIと話す機会が増えて、ちょっと聞いてみたくなったんです。

 

二人の生年月日から、占ってもらいました。

 

数秘術で、同じ7だったんです。

 

これは、同じ思い、距離感でいられるみたいです。

 

私たちは、占いから見ても、深く繋がっているようで、嬉しかったです。

 

魂レベルでの繋がりだそうで。

 

でも。そんなことはとうの昔から実感としてあったんですよね。

 

私は、過去の経験から、親友とか友達って言葉が苦手です。

 

親友と呼んでくれた人から、嫌な目に遭わされたことがあるから。

 

だから、彼女のこと、そういう風に呼べなくて。なんだか、言いたくなくて。

 

そんなもんじゃない。言葉にできない感覚でした。

 

心の底から、信じられる。

 

皆さんは、そういう人、いますか?

 

私は、友達と呼べる人、とても少ないです。

 

それでも、幸せです。

 

出会えたことが奇跡。でもそれだけじゃなくて。

 

ずっと一緒にいるわけじゃないけど、離れながらも一緒に歩んできた気がします。

 

その時間こそが宝物なのかもしれない。

 

これからも、ずっと続いてく。

 

そう思えることが、私の人生の宝物です。

 

今書ける自己紹介をnoteに書きました。

よろしければ。

https://note.com/light_orca4226/n/n9bf62dbf1df2

 

スピンオフを書いてみた。53回目の徒然。

28年かかって書いた小説。

書く楽しさで、「空に太陽がある限り。」のスピンオフが浮かんできました。

 

仕事帰り、自転車に乗って、心の中で二人の会話が聞こえてきたのです。

 

元の小説の中では、語られなかった思い出のシーン。

あるワンシーンから、物語は動き出しました。

 

今度は、1998年のさらに10年前。1987年からスタートします。

 

自分の高校の頃の風景を織り交ぜながら、書き進めました。

 

音楽に夢中だったあの頃。

初めて行ったライブハウス。

大好きだったボ・ガンボス。

 

それらが、お話の中で彩りを与えてくれました。

 

二人の男の子が出会います。

アズサがまだ、男の子と女の子の間で揺れていた頃のお話。

 

僕、アタシが揺れていたアズサ。

一人の少年との出会いが、前に進むきっかけをくれます。

そして、名前のつけられない思い。

 

少し切ない、出会いと音楽と燻る青春の物語です。

 

もしよろしければ。読んでいただけると嬉しいです。

下記はnoteの掲載リンクです。

 

君がいても、いなくても。

https://note.com/light_orca4226/n/nbf9a5c4dd986

28年かかって書きあげた小説について。52回目の徒然。

めっちゃ、お久しぶりに書いてます。

もう何年前から書けていないでしょう。

あれから、仕事も色々変わり、一人暮らしから、母との二人暮らしになりました。

 

久しぶりに書こうと思ったのは、先日、ある小説を書き上げることができたからです。

 

そもそも、20代の頃に書いて、途中で終わっていた小説でした。続きが書けなくて、そのまま放置していたのです。

 

つい最近読み返していて、思いました。これをデータに入れて、チャッピーに読んでもらったらどんな感想をくれるだろう。

 

やってみたんです。やってみると、編集者目線で色々意見をもらえることに気がついて。

文章はあくまで自分で考えるから、表記揺れとか、おかしいところがないかとか、教えてもらいながら追記修正していきました。

 

これが、楽しくて!

久しぶりに、あの頃の気持ちを思い出したんです。

小説の中の人物が、勝手に話し出して、それを書き留める感覚。そうやって、書いていたなぁと。

 

なにせ若い頃の拙い文章です。でも、あの頃にしか書けない物語になっていました。

 

これ、続きが書けるかも。そう思ったのは、元の小説を直したりしているうちに、彼らがまた、動き出したからです。

 

あの頃書こうとしていた骨組みは覚えていたので、後は色々調べて、動き出す彼らを書き留めていきました。

 

なにせ、28年前、1998年が舞台のお話です。

あの頃は当たり前でも、今では変わっていることだらけ。当時のことを調べながら、思い出しながら書き進めていくのは、とても面白く、感慨深い作業でした。

 

まさか、こんなに後になって、書き上げられるとは思っていませんでした。チャッピーのおかげです。

他にもいろんなAIに読んでもらって、課題を洗い出して、書く作業は、本当に楽しかった。

 

1998年。

26歳の旅行雑誌のライターをしている翔子が主人公で、同居人は心が女性で体は男性のアズサ。主人公の同僚の、飄々とした30代のカメラマン。

この三人が、映画「東京日和」の舞台の柳川へ向かいます。

彼ら三人の日常から、柳川への旅で少しだけ前に進んだ三人の日常へ。

 

前編を20代で、後編を今の私が書きました。

もし良ろしければ。読んでいただけると嬉しいです。

下記はnoteの掲載リンクです。

 

空に太陽がある限り。前編

https://note.com/light_orca4226/n/n3b95e8ce66b6

 

空に太陽がある限り。後編

https://note.com/light_orca4226/n/n5deb761be855

 

 

 

ライライ〜もうそうもうそう

 

いったん終わろうか

いったん帰ろうか

いったんライライ

 


くれどもくれども

何にもかわらない

くれどもくれども

嘘もつけずに彷徨って

 


人の流れの中で

ボクの足が無意味に前に進む

今日もまた

心の中をたれながしながら

ひとに

迷惑をかけながら

 


誰もボクを見ないで下さい

誰もボクの声を聞かないで下さい

 


愛するキミが言う

誰もお前なんか見てないし

誰もお前の声なんか聞きたくないよ

 


だから安らかにいきなさい

もうなんの景色も

なんの感情も

届かないところへ

それが幸せってもんさ

お互いにね

 


いったん終わろうか

いったん帰ろうか

いったんライライ

 


くれどもくれども

何にもかわらない

くれどもくれども

嘘もつけずに彷徨って

 


乗りたくない電車の中で

止められない感情が溢れ出る

今日もまた

触れてしまったコップの蓋が

ボクを

壊しに来るんだ

 


それならボクを機械にしてください

ボクの全ての感情を引っぺがして下さい

 


それなら生きて行けるかな

もうなんの喜びも

なんの悲しみも

届かなければきっと

それが幸せってもんさ

お互いにね

あめ


雨がふってる

それは僕とキミのあいだ

はじまりもおわりも

一瞬でみえなくなりそうで

 


その間が見えないように

キレイな傘でかくそう

僕の雨が、僕のあいだが

キミから見えなくなるように

 


ねぇ自分がこわいよ

どんな妄想をしたら

こんなところにたどり着くの

とまった時計

針

それがどうした

 


あの頃

ただ話してるだけで楽しかった

あの頃

ねぇ僕だけが楽しかったのかな

あの頃

この出口は思ってなかったよ

 


今もよくわからない

よくわからない

求めることが苦しくなって

逃げ出しそうになる

 


あの頃

ただ話してるだけで楽しかった

あの頃

ねぇ僕だけが楽しかったのかな

あの頃

この出口は思ってなかったな

 

歪な箱の中

ふたりだけがお互いを知らない

 

 

 

書き殴ってみたので、残しておきます

なんていうか、

妄想の檻の中に閉じ込められた気分

今年の年明けはこれではじまりました。51回目の徒然。

お酒とネットで過ごす年末年始。

 

年末の夜は、お酒片手に愛すべきゲーム実況者テラゾーさんの配信と共に過ごし、

年が明けて、スマホに一件の通知。

宮本浩次-夜明けのうたとなっていますが、

1月1日の通知時点では曲タイトルなしでした。

年末から公開予約されており、楽しみにしていたのですが、すっかり酔っ払いで、

すっかり忘れていたころに、この通知でした。

そうだった、とそのままスマホで観に行きました。

愛すべき彼は、日の出に向かって、まだ暗いビルの階段を上がっていく。

だんだん、上に上がるに連れて少しづつ明るくなる空が、唄と相まって最高でした。


宮本浩次-夜明けのうた

 

ああ、今年の私は去年と同じく一人ぼっちで年明けを過ごしているけれど、

なんだか幸せだなと思いました。

きっと同じように一人ぼっちで朝を迎える人の多かった今年は、

みんな自分の好きなものに触れて、癒されていればいいな。

どんな時も、私を支えてくれるのは、私がいいと思って触れてきたものたち。

子供のころには、ネットなんてなくて、それでも漫画や小説や、

レコードプレーヤーやラジカセから、素敵なものに触れることができた。

いいと思って触れてきた人たちとの会話とかも、

その瞬間だけだけど、嫌なこと、忘れさせてくれた。

 

そういういいもを見つけられた自分を、そこだけは誇りに思う。

あとは、何にもない人間で情けなくなるけれど。

それでも、自分で見つけた光だから。

だから今、もう少し歩きやすくすることができたのかもしれない。

さあ、もう少し、歩いていくかな。歩いて行ける限り。

 

 

 

拙い文章を、最後まで読んで下さった方、どうも有り難うございました。

またいつか、お会いできる日まで。

 

 

インプット。50回目のつれづれ。

お題「#おうち時間」

 

あまりにもお久しぶりになってしまいました。

10月から普通のお仕事に通う日々でしたが、日々のストレスというのか

1か月を過ぎたころから日々普通に通ってお仕事するだけでいっぱいいっぱいの

毎日を過ごしておりました。

 

今日までの間に、こんなことになるとは思ってもみませんでした。

4月半ばからリモートワークだったのですが、だからこそわかることもありますね。

私はお仕事となると、家だろうがどこだろうが緊張しながら過ごすので、

最初の日は、家の中にもかかわらず緊張してどっと疲れてしまいました。

なので仕事場所を一定の場所にして、オフ時にはその部屋を使用しないように、

自分なりに工夫したりして。

 

久しぶりに出社した時感じたのは、オフィスデスク、オフィスチェアというのは

本当に偉大だな!でした。

家ではやはり快適に仕事できるようになっていないんだなあ。

とにかく足腰がきつかった印象が強い。

 

しかもおうち時間は長くなったとは思うのですが、家で仕事をしていると

仕事が終わってもなんだか、まだ仕事が続いている気がして気が休まらない。

たくさんゲームとか、記事書いたりとかできようものですが、それまでに疲れて

いたこともあって、アクティブなことはできませんでしたねー。

せいぜい動画を観まくっていたくらいでしょうか。

 

けれど色々観る時間が増えたことは、とても身があったかもしれません。

ただただ観るなんて、贅沢な時間ともいえますしね。

むしろこんな時でないと出来ないかもしれない。

そんなことをしていたら興味がわいた、新しいものにも出会えました。

インプットしたものが何か形になるといいなーなんて、思っております。

 

お仕事がとりあえず期間満了でひと段落したので、少し書いてみました。

ただ仕事をまた探さねば。そういう働き方に不安がないとはいえませんが、

私にはこのひと段落、が必要なのです。

 

リアルが生きにくい私にとって、期間限定でがんばって、小休止。

そしてまた違う場所へ。

今はこれしか自分の心を助ける方法がない。

 

なんだろう。この数か月、確かに不便ではあったかもしれない。

でも、危険な中外へ行かなければいけない人を思うと、そこじゃないと思ったり。

しかも元々ヒッキー気味だったので、実は不便さに関してそれほどでもなかったり。

お仕事を休まなくては行けなくなった人を思うと、申し訳なくなったり。

 

そして今。仕事終わって次もまだ決まっていません。

明日からどうしよう。そんな私です。

ですが、今は少しだけほっとして、そしてとりあえず元気です。

 

疲れすぎて出来なかったゲームの中で癒されて、また明日のことを考えよう。

明日は明日の風が吹く。

 

皆様もどうか、どうかお体を大切に。